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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4629号 判決

大阪府門真市新橋町二三番一号

原告

株式会社はくぶん

右代表者代表取締役

牧内勝己

右訴訟代理人弁護士

井原紀昭

髙田勇

佐度磯松

右輔佐人弁理士

坂上好博

岐阜県羽島市江吉良町二八〇一番地

被告

株式会社文溪堂

右代表者代表取締役

水谷雄二

大阪府堺市海山町三丁一四九番地の一

被告

株式会社誠文社

右代表者代表取締役

永橋肇

広島県福山市北本庄一丁目一五番一号

被告

青葉出版株式会社

右代表者代表取締役

村上俊二

右三名訴訟代理人弁護士

廣瀬英雄

右輔佐人弁理士

恩田博宣

柴田淳一

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一1  被告株式会社文溪堂(以下「被告文溪堂」という)は、別紙イ号物件目録(一)記載の彫刻刀を製造し、譲渡し、譲渡のために展示してはならない。

2  被告株式会社誠文社(以下「被告誠文社」という)は、別紙ロ号物件目録(一)記載の彫刻刀を製造し、譲渡し、譲渡のために展示してはならない。

3  被告青葉出版株式会社(以下「被告青葉出版」という)は、別紙ハ号物件目録(一)記載の彫刻刀を製造し、譲渡し、譲渡のために展示してはならない。

二1  被告文溪堂は、別紙イ号物件目録(一)記載の彫刻刀及び同彫刻刀の製造の用に供した金型を廃棄せよ。

2  被告誠文社は、別紙ロ号物件目録(一)記載の彫刻刀及び同彫刻刀の製造の用に供した金型を廃棄せよ。

3  被告青葉出版は、別紙ハ号物件目録(一)(三)記載の彫刻刀及び同彫刻刀の製造の用に供した金型を廃棄せよ。

三1  被告文溪堂は原告に対し、金二五二万円及びこれに対する平成六年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告誠文社は原告に対し、金一五二万円及びこれに対する平成六年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告青葉出版は原告に対し、金二五二万円及びこれに対する平成六年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、後記実用新案権を有する原告が、被告文溪堂の製造、販売しているイ号図面記載の彫刻刀(以下「イ号物件」という)、被告誠文社の製造、販売しているロ号図面記載の彫刻刀(以下「ロ号物件」という)及び被告青葉出版の製造、販売しているハ号図面記載の彫刻刀(以下「ハ号物件」という)はいずれも当該考案の技術的範囲に属すると主張して、イ号物件ないしハ号物件(以下「被告物件」と総称する)の製造販売の差止め並びに被告物件及びその製造の用に供した金型の廃棄を求めるとともに、本件考案の出願公告の日の後である平成五年四月二一日から平成六年三月末日までの間における被告物件の製造販売は故意、過失による実用新案権(又はその仮保護の権利)侵害の不法行為を構成すると主張して、原告が被った損害(被告文溪堂、被告青葉出版については各二五二万円、被告誠文社については一五二万円)の賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告文溪堂、被告青葉出版については平成六年五月二四日、被告誠文社については同月二二日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  原告の有する実用新案権(争いがない)

原告は、次の実用新案権を有している(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)。

1  登録番号 第二〇〇二〇七二号

2  出願日 昭和六三年六月一五日(実願昭六三-七八九八六)

3  出願公告日 平成五年四月二〇日(実公平五-一四八七九)

4  登録日 平成六年一月一七日

5  考案の名称 彫刻刀

6  実用新案登録請求の範囲

「柄1の先端に刃2を取付けてなる彫刻刀において、彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキャップ3を被覆させ、このキャップ3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されてなる彫刻刀。」(別添実用新案公報〔以下「公報」という〕参照)

二  本件考案の構成要件及び作用効果

1  構成要件

本件考案の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という)の記載を参酌すれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、次の構成要件に分説するのが相当である。

A 柄1の先端に刃を取付けてなる彫刻刀において、

B 彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、

C その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、

D この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、

E 柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキャップ3を被覆させ、

F このキャップ3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されてなる

G 彫刻刀。

2  作用効果

本件明細書によれば、本件考案は、次の(一)記載の作用をし、次の(二)記載の効果を奏するものと認められる(当事者間に争いがないところでもある)。

(一) 作用(公報3欄19行~ 行)

刃取付孔12の断面形状は刃2の断面の面両端部を保持する形状にしてあるから、刃2を刃取付孔12に圧入させると、該刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される。そして、この支持部10の外表面には複数の凸部11、11を具備するキャップ3が被覆されているから支持部10を保持する指からの作用力は前記支持部10を介して刃2に直接作用することとなる。すなわち、彫刻刀Tは、親指、食指及び中指の三本の指で柄1の支持部10を支持せしめられるとともに、該彫刻刀Tの下端部に突設されている刃2を被彫刻体に斜めに食い込ませながら前進させて使用されるため、使用中においては常に、彫刻刀Tの支持部10には、各指の垂直な押圧力とともにその下端部方向への力が作用している。この時、各指は、柄1の支持部10に相当する部分に被覆させた弾性材料製の滑り止め用のキャップ3の凸部11、11に当接し引っ掛かるので、前記した、彫刻刀Tの下端部方向への力を強くしても、滑りにくい。また、このキャップ3の構成素材が弾性材料製であるから、この素材の特性によっても滑りにくくなるとともに、前記作用力の反作用が緩和される。

(二) 効果(公報4欄3行~16行)

各指の力の内の柄1の下端部方向への成分が大きくなっても、各指は支持部10に被覆させたキャップ3の凸部11、11に当接するから、不用意に指がそれより下方(柄の先端側)へ滑って指を怪我する不都合がない。また、柄1を指で保持する部分から指が滑りにくいので必要以上の力で柄1を握る必要がなく彫刻刀Tの長時間の使用においても手や指が疲労することがなく使いやすいものとなる。更に、キャップ3は可撓性のある弾性材料で構成されているため、キャップ3には弾力性があり、握った感じがソフトであり、上記滑り止め効果を促進させるとともに使い勝手のよいものとなる。

三  被告物件の特定

被告らが製造、販売している被告物件(別紙イ号図面ないしハ号図面に記載されたとおりのものであることは当事者間に争いがない)の構成について、原告は別紙イ号物件目録ないしハ号物件目録の各(一)記載のとおり特定すべきであると主張し、被告らは別紙イ号物件目録ないしハ号物件目録の各(二)記載のとおり特定すべきであると主張する(なお、被告らの平成六年一〇月二七日付第三回準備書面添付の目録の各bに「刃取付孔12の半径」とあるのは、「刃取付孔12の直径」の明白な誤記と認める)。

その主たる相違点は、刃2と刃取付孔12の関係について、原告主張のように「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面の両端部を保持する形状として、該刃2の平板状の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」(イ号物件目録ないしハ号物件目録の各(一)の一2)とするか、被告ら主張のように「この刃取付孔12に対して刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着し」(イ号物件目録ないしハ号物件目録の各(二)の一b)とするか、という点にある。

この点については、本件考案の技術的範囲の解釈と密接に関係するので、後記第四の二において判断する。

四  争点

1  被告物件は、本件考案の技術的範囲に属するか。

(一) 被告物件は、本件考案の構成要件D「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」を具備するか。

(二) 被告物件は、本件考案の構成要件E「柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキャップ3を被覆させ」を具備するか。

2  本件考案は、出願前公知の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものであるか否か。

3  被告らに損害賠償義務がある場合、原告に対し賠償すべき損害の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(被告物件は、本件考案の構成要件D「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」を具備するか)について

(原告の主張)

本件考案の構成要件Dにいう「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」とは、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持するような形状に形成した上で刃2の基端部を刃取付孔12に圧入するという製造方法(工程)をとることを要せず、刃2を刃取付孔12に取り付けた状態で、刃取付孔12の断面形状が刃2の断面両端部を保持する形状になっており、かつ、刃2の基端部が刃取付孔12に圧入された状態にあれば足りるというべきところ、被告物件は、いずれも結果的に刃取付孔12の断面形状が刃2の断面両端部を保持する形状になっており、かつ、刃2の基端部が刃取付孔12に圧入された状態になっているから、本件考案の構成要件Dを具備する。

1(一) 実用新案法による保護の対象となるのは、あくまでも物品の形状、構造に関する技術的創作(考案)であり、右創作対象の物品の製造方法(工程)は、実用新案法による保護の対象とはならない(最高裁昭和五六年六月三〇日第三小法廷判決・民集三五巻四号八四八頁)。すなわち、物品の製造方法は考案の必須構成要件となる事項ではないのであって、実用新案登録請求の範囲に記載された考案の必須構成要件を充足する限り、考案の詳細な説明中の実施例における方法と異なる方法によって組み立てられたり製造されたりしたものでも、右考案の技術的範囲に属することは当然である。

(二) 本件考案の実用新案登録請求の範囲には「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として」と記載されているだけであって、被告らの主張するように、刃2を刃取付孔12に圧入する前提として、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持するような形状に形成しておくこと、すなわち、本件明細書の第8図のように刃取付孔12に刃2の両端が嵌り込むための溝を形成しておくことというような記載はない。被告らの主張する本件明細書の記載(公報4欄27行~32行)は単に本件考案の一実施例についての記載にすぎないのであって、被告らの主張は、本件考案の一実施例によって本件考案の技術的範囲を恣意的に限定解釈しようとするものである。

本件考案の「刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される」との作用は、刃が刃取付孔にその断面両端部が保持されるように圧入されている状態によって生じるものであり、前もって刃の断面両端部を保持する形状に刃取付孔を形成しておく結果ではない。

(三) また、実用新案登録請求の範囲の「該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」との記載は、「刃の平板状の基端部が刃取付孔に圧入状態にあること」という物品の形状、構造又はその組合せについての記述であり、物品の製造方法に関する記載ではない。

仮に右記載が物品の製造方法的記載であるとしても、物品の製造方法は前記のとおり実用新案法による保護の対象とはならないので、その方法自体を本件考案の構成要件と認めることはできないのであって、それは、その方法を実施した結果得られる特定の形態、すなわち、刃が刃取付孔に圧入状態にあるとの物品の形態を方法の表現を借りて間接的に表現したものにすぎない。

「圧入する」とは、小さな孔に大きなものを強制的に嵌め込む場合をいい、合成樹脂製の柄の刃取付孔に合成樹脂よりも極端に堅い刃を「圧入した」場合には、刃取付孔の形状の如何にかかわらず、当然ながら刃の断面の両端部が刃取付孔の周壁に食い込み、刃が刃取付孔に圧入状態となる。したがって、被告ら主張の認識限度論に従ったとしても、本件考案における合成樹脂製の柄と金属製の刃との組合せについて実用新案登録請求の範囲に「圧入」の文言が使用されていること自体により、原告が右「圧入状態」について認識していたことが読み取れるのである。

(四) 被告らは、本件明細書の考案の詳細な説明における実施例についての「刃2の断面両端部が保持される形状に成型される。」との記載を根拠に、原告はほとんど実施例レベルに限定して本件実用新案権を取得しているものと判断でき、もともと権利解釈上大きな保護を主張できるものではない旨主張する。

しかし、実用新案登録請求の範囲に記載されている用語、文章が多義的であり又は不明瞭な場合には、考案の詳細な説明の記載によってその意義を明らかにすべきであるが、本件考案の実用新案登録請求の範囲の「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として」との記載は、その字義どおり明瞭であるから、被告ら主張のように考案の詳細な説明における実施例についての記載によってその意義を補足し又は限定解釈する必要はない。

また、このように本件明細書の記載のみから本件考案の技術的範囲が客観的に把握できるから、被告ら主張の認識限度論を持ち出す必要はない。

2 被告物件において刃2を刃取付孔12に装着する方法が、被告ら主張のように刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがい刃2の両端にて刃取付孔12の内壁を削るようにして無理矢理押し込んでいくものであるとしても、被告物件の刃取付孔12の断面形状は結果的には刃2の断面両端部を保持する形状となっており(検甲二の1~5、三の1~5、四の1~6、五の1~5。被告ら主張の装着方法による限り、刃取付孔12の断面形状は刃2の断面両端部を保持する形状となる。そうでなければ、刃2が柄に固定されず、彫刻刀として機能しない)、かつ、右装着方法により得られた刃2の取付構造は、まさに本件考案の構成である「刃の基端部を刃取付孔に圧入した」構成となるのである(「圧入」は「圧入状態にあること」を意味することは前記1(三)のとおりである)。被告らの主張は本件考案と被告物件の製造方法の相違を主張しているものにすぎない。

したがって、被告物件は、本件考案の構成要件Dを充足することが明らかである。

(被告らの主張)

被告物件は、いずれも本件考案の構成要件Dの「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」という要件を具備していないから、本件考案の技術的範囲に属しない。

1 実用新案登録請求の範囲には考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないから(平成六年法律第一一六号による改正前の実用新案法五条)、本件考案について出願人たる原告が実用新案登録請求の範囲に記載した構成はすべて欠くことのできない重要な構成であるところ、本件考案の実用新案登録請求の範囲には「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」との記載があり、本件明細書の記載(公報4欄27行~32行)に照らしても、刃2を刃取付孔12に圧入する前提として、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持するような形状に形成しておくこと、すなわち、本件明細書の第8図のように刃取付孔12に刃2の両端が嵌まり込むための溝を形成しておくこと(これは物品の形状、構造に関する記載である)が、本件考案の必須構成要件であることは明らかである。このことは、本件明細書の「作用」の項における「刃取付孔12の断面形状は刃2の断面の面両端部を保持する形状にしてあるから、刃2を刃取付孔12に圧入させると、該刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される。」(公報3欄19行~22行)との明確な記載からも疑う余地はない。

「刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される」との作用に関する記載は右部分以外にはなく、原告は本件考案の出願当時、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状に形成しておき、その後これに刃2を圧入していくもの以外の構成を念頭に置いていなかったというほかなく、原告主張のように刃2を刃取付孔12に取り付けた状態で刃2の基端部が刃取付孔12に圧入された状態にあれば足りると解することはできない。

2 これに対し、被告物件においては、いずれも断面が略円形の刃取付孔12を有しているものの、あらかじめ刃2の断面両端部を保持する形状とはしていないし、また、その刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがい、刃2の両端にて刃取付孔12の内壁を削るようにして無理矢理押し込んでいき刃2を装着するようにしているから、刃2を刃取付孔12に圧入するものでもない。

原告は、被告物件の刃取付孔12の断面形状は結果的に刃2の断面両端部を保持する形状となっており、刃2は刃取付孔12に圧入された状態にあるから、本件考案の構成要件Dを充足する旨主張するが、前記1のとおり少なくとも本件考案の実用新案登録出願時点で出願人(原告)が認識していた考案は「あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状に形成しておく」という事項のみにすぎず、被告物件のようにあらかじめ形成する刃取付孔の断面形状を略円形にするというような構成については、本件明細書に直接的な記載も示唆する記載もない。原告の主張は、勝手な解釈で本件考案の出願当時認識していなかった構成にまで技術的範囲を拡大しようとするものであり、到底許されない(認識限度論)。

3 原告主張のように物品の製造方法は実用新案法による保護の対象とはならないが、そのことと実用新案登録請求の範囲が方法的に記述されていることとは別問題であり、たとえ実用新案登録請求の範囲が方法的に記述されていても、それが必須の構成要件であることに変わりはなく、これを除外して権利解釈をすることは許されない(但し、本件考案の構成要件Dは刃取付孔12の形状、構造に関する記載であり〔前記1〕方法的記載ではないから、被告物件の刃取付孔12の断面形状が本件考案のものと異なる旨の被告らの主張は製造方法の相違を主張するものではない)。

原告は、本件考案の実用新案登録請求の範囲には「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として」と記載されている「だけ」であるとし、被告らの主張は本件考案の一実施例によって本件考案の技術的範囲を恣意的に限定解釈しようとするものである旨非難するが、これは、構成要件を権利解釈上無視すべきであるとの主張をしていることに帰するものである。

本件明細書の考案の詳細な説明における実施例についての「刃2の断面両端部が保持される形状に成型される。」(公報4欄29行~30行)との記載は実用新案登録請求の範囲の「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として」との記載と一致し、実用新案登録請求の範囲記載の構成と実施例の構成とが一致しているから、原告はほとんど実施例レベルに限定して本件実用新案権を取得しているものと判断でき、もともと権利解釈上大きな保護を主張できるものではないのである。

二  争点1(二)(被告物件は、本件考案の構成要件E「柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキャップ3を被覆させ」を具備するか)について

(原告の主張)

本件考案におけるキャップ3は、柄1の先端部を被覆する弾性材料製の滑り止め用の一部材であれば足り、びんなどの蓋のように別体で構成して本体の先端に取り付ける蓋状のものを意味するものではなく、また、その製造方法や被覆方法を問わないから、柄1本体の先端部に外皮と称する弾性材料製の滑り止め用部材を被覆させている被告物件は、本件考案の構成要件Eを具備する。

1 実用新案登録請求の範囲の記載中の技術用語は、その意味を定義して使用されているときは、右定義に従って理解することになり(特許法施行規則様式第二九)、また、意味がはっきりと定義されていなくても、明細書全体の記載からある特定の意味のものとして使用されていると理解されるときは、その理解されるところに従うことになる。

本件明細書において、「キャップ」という用語は、柄1の先端部を被覆する一部材という意味で使用されていることが明らかであって、決して被告ら主張の万年筆、びんなどの蓋のように別体で構成して本体の先端に取り付ける蓋状のものを意味するものとして使用されていない。すなわち、本件明細書の実用新案登録請求の範囲及び作用の記載によれば、「キャップ」とは、〈1〉支持部に被覆されるものであること、〈2〉弾性材料製の滑り止め用であること、〈3〉使用時の指からの作用力に基づく当該指への反作用が緩和される機能を有すること、以上により確定される機能要素部分を意味し、その技術的意味に何ら不明確な事項はないから、ことさら国語辞典等に記載された日常用語に拘泥した解釈をするべきではない。

2 被告らは、被告物件には「キャップ」というべき部分はなく、単に柄1本体の外周にコーティングした外皮を有するにすぎないと主張するが、これは本件考案と被告物件との製造方法の相違を主張するものにすぎない。被告物件は、柄本体の先端部に弾性材料製の滑り止め用部材を被覆させているという物品の形状、構造の点では本件考案の構成と同一である。被告らの主張する「外皮」、「コーティング」なる用語は、それぞれ本件考案の「キャップ」、「被覆」を別のことばに置き換えたにすぎない。

被告らは、「キャップ」という語に一般常識的解釈以上の広い意味を持たせるのであれば、本件明細書において、例えば「キャップは別体ではなく、柄と一体的に樹脂形成してもよい」というような、これをバックアップする記載があってしかるべきである旨主張するが、右例示の記述は、柄とキャップの製造方法ないし手段についての記述であり、このような記述がなされていないからといって、本件考案の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明に記載されたキャップの意味を日常用語と同じ意味に解釈するのは誤りである。

更に、被告らは、被告物件の外皮3は柄の胴の部分も前方部分も基部もすべて同時に成形しているから、その前方部分を持ってキャップといえるはずがないとも主張するが、右主張も要するに製造方法の相違を主張するものにすぎない。

(被告らの主張)

被告物件は、外皮を柄本体の外周にコーティングしているものにすぎず、構成要件E「柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用キャップを被覆させ」を具備しない。

1 「キャップ」とは、わが国の一般常識的な理解では、「万年筆、びんなどのふた」(「日本語大辞典」講談社発行)、「鉛筆、万年筆などの帽子状のふた」(「広辞苑」岩波書店発行)、「万年筆・鉛筆などの帽子状のふた」(「実用国語辞典」三省堂発行)などとされているように、少なくとも別体で構成して本体の先端に取り付ける蓋状のものであることは明らかである。

本件明細書においても、「キャップは……テーパー筒体であり……」(公報4欄 行~ 行)、「前記キャップ3内に、刃2から柄1を挿入し……小径段部10aに該キャップ3を被冠させる。」(同5欄3行~5行)などというように、出願人(原告)は一貫して、柄1の先端に帽子状に別体で被せるものという、右のような一般常識的な意味合いで用いているのである。もし、「キャップ」という語に一般常識的解釈以上の広い意味を持たせるのであれば、本件明細書において、例えば「キャップは別体ではなく、柄と一体的に樹脂成形してもよい」というような、これをバックアップする記載があってしかるべきであるところ、そのような記載はなく、かえって、実施例においてはまさに右のような一般常識的な意味合いで説明しているのである。

2 被告物件には、右の意味での「キャップ」というべき部分はなく、単に柄1本体の外周にコーティングした外皮を有するにすぎない。

すなわち、被告物件の柄部分の作り方は、芯となる柄本体を型枠にセットし、型枠内に外皮となる溶融した樹脂を射出して、樹脂が固まった後に型枠を取り外せば柄本体の外周に外皮が密着して柄部分が完成するというものであるが、芯となる柄本体を型枠内にセットする際に柄本体を外側から支持する部分として露出部が形成されているのであり、この露出部は、柄本体のなるべく支持しやすい箇所に、しかもアクセントとなるようデザインを考えて形成されたものである。このように被告物件は、外皮の一部に支持部と完成後のアクセントを兼ねた露出部を形成しただけである。

したがって、被告物件の外皮3は、柄の胴の部分も前方部分も基部もすべて同時に成形しているから、その前方部分をもってキャップといえるはずがない。

三  争点2(本件考案は、出願前公知の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものであるか否か)について

(被告らの主張)

本件考案は、以下のとおり、その出願前の昭和六二年四月一四日に出願公開された公開実用新案公報(実開昭六二-六〇三九四号)及びその全文明細書(乙四の1、2)に記載された考案(以下「乙四考案」という)に基づいてきわめて容易に考案することができたものであり、その実用新案登録には実用新案法三七条一項、三条二項所定の無効事由があるから、本件侵害訴訟において裁判所は無効と判断できないとしても、その技術的範囲は、本件明細書に開示された実施例と厳格に一致する対象に限定して解釈すべきであるところ、被告物件は、右実施例と構成が異なるから、本件考案の技術的範囲に属しない。

1 本件考案の構成要件E「柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキャップ3を被覆させ」にいう「キャップ」は、乙四考案の「指当部」に相当するものである。

もっとも、乙四考案の「指当部」は合成樹脂製であり、本件考案の「キャップ」が弾性材料製であるのと一見異なるかのようであるが、一般的に、プラスチック製品を構成する合成樹脂は硬質のもののみならず軟質のものをも含む概念であり、また、乙四考案における「合成樹脂」の概念に弾性のあるものを含んでいることは、その明細書中に「合成樹脂製の短い指当部は外力により変形し」(2頁4行)とあること等から明らかである。なお、昭和五五年に出願公開された考案の明細書(実開昭五五-九〇四九九号〔乙五〕)にも、彫刻刀の握り部分に装着されてキャップと同様の機能を果たす部材である手指滑止管につき、これが弾性材料のゴム製であることが示されている。

また、乙四考案の「指当部」には凹凸が形成されており、これは、本件考案の構成要件F「このキャップ3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されてなる」にいう複数の凸部に相当する構成である。

このように、乙四考案は、本件考案の構成要件E、Fと完全に一致する構成を備え、これと同様の作用効果を奏する。

2 本件考案の構成要件D「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」という構成は、乙四考案には示されていないが、昭和二五年一〇月三一日に出願公告された実用新案公報(実公昭二五-八八五三号〔乙七〕)、昭和六一年一月二〇日に出願公開された考案の明細書(実開昭六一-九二八一号〔乙六〕)に示されている公知の技術である。そもそも、彫刻刀においては柄の先端の刃取付孔の両端が刃を保持するための形状となっているのはきわめて当たり前の構成である(保持するようになっていなければ刃をしっかり固定できないはずである)。

本件考案の構成要件B「彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし」という構成は、乙四考案には示されていないが、右乙第六号証には彫刻刀の柄を樹脂とすることについて明確な記載があり、これを乙四考案に応用することはきわめて容易に想到しうるものであるし、そもそも敢えてこのような例を挙げるまでもなく柄を合成樹脂製とする構成に取り立てて新規とすべき点はなく、当たり前の構成にすぎない。

3 以上のとおり、本件考案は、乙四考案とはわずかに構成要件Dのみが異なる構成となっているが、この構成要件Dがきわめて当たり前の構成であって新規な構成でないことは前記のとおりであり、何よりも本件考案の最大の特徴である「キャップに凸部を設ける」という構成が乙四考案に明確に示されているのであるから、本件考案は、当業者が乙四考案に基づいてきわめて容易に考案することができたものであり、本件考案に係る実用新案登録には実用新案法三七条一項、三条二項所定の明白な無効事由があるというべきである。

(原告の主張)

1 被告らは、本件考案はいわゆる進歩性を欠如するからその技術的範囲は本件明細書に開示された実施例と厳格に一致する対象に限定して解釈すべきである旨主張するが、侵害訴訟を審理する裁判所が進歩性の有無について判断することは、裁判所が技術的範囲の解釈に名を借りて、結果として特許庁に委ねられた裁量的専権を自ら行使することになる上、かかる主張が次々と繰り出される結果、訴訟が限りなく遅延するおそれがあるから、いわゆる新規性の欠如の場合と異なり、そもそも当該考案の進歩性の欠如を考慮に入れるべきではない。

本件考案は、一つの公知技術と全く同一である(すなわち新規性を欠如する)という事例に該当するものではない。本件考案の技術的範囲を本件明細書に開示された実施例と厳格に一致する対象に限定して解釈すべきであるとの被告らの主張は、考案の構成要件の全部が公知技術である場合についての裁判例及び学説を誤解したものであり、明らかに失当である。

2 被告文溪堂は、平成六年四月一一日、右(被告らの主張)と同様の理由により本件考案に係る実用新案権登録の無効審判を請求したが(特許庁平成六年審判第六五〇二号)、特許庁は、平成七年五月二三日付で、審判請求は成り立たないとの審決をし、右審決はそのまま確定した。

四  争点3(被告らに損害賠償義務がある場合、原告に対し賠償すべき損害の額)について

(原告の主張)

1 被告文溪堂は、イ号物件を「ハイグレード・カジュアル」の名称で販売し、本件考案の出願公告後の平成五年四月二一日から平成六年三月末日までの間に、五本のイ号物件を一セットとした彫刻刀セットを六万セット製造、販売した。

右彫刻刀セットの一セット(販売価格約八三三円)を販売することにより被告文溪堂が得た利益の額は四二円であるから、被告文溪堂は合計二五二万円の利益を得、原告はこれと同額の損害を被った。

2 被告誠文社は、ロ号物件を「フィットグリップ」の名称で販売し、本件考案の出願公告後の平成五年四月二一日から平成六年三月末日までの間に、五本のロ号物件を一セットとした彫刻刀セットを四万セット製造、販売した。

右彫刻刀セットの一セット(販売価格約七五〇円)を販売することにより被告誠文社が得た利益の額は三八円であるから、被告誠文社は合計一五二万円の利益を得、原告はこれと同額の損害を被った。

3 被告青葉出版は、ハ号物件を「彫刻刀A(五本組)、彫刻刀B(五本組)」の名称で販売し、本件考案の出願公告後の平成五年四月二一日から平成六年三月末日までの間に、数本のハ号物件を一セットとした彫刻刀セットを六万セット製造、販売した。

右彫刻刀セットの一セット(販売価格約八五〇円)を販売することにより被告青葉出版が得た利益の額は四二円であるから、被告青葉出版は合計二五二万円の利益を得、原告はこれと同額の損害を被った。

第四  争点1(一)(被告物件は本件考案の技術的範囲に属するか。(一)被告物件は、本件考案の構成要件D「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」を具備するか)についての判断

一  本件考案の構成要件Dにいう「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」の意義について検討する。

1  本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、刃取付孔12は、彫刻刀の柄1の「先端側の支持部10にこれと同軸に」形成されるものであって(構成要件C)、「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」(構成要件D)ものであるから、実用新案登録請求の範囲の記載自体、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状としておいた上で、刃2の基端部を刃取付孔12に圧入することを意味すると解するのが、より自然である。

本件明細書の考案の詳細な説明の欄には、本件考案の〔技術的手段〕の項に実用新案登録請求の範囲と同旨の記載が繰り返された上、〔作用〕の項に「本考案の上記技術的手段は次のように作用する。刃取付孔12の断面形状は刃2の断面の面両端部を保持する形状にしてあるから、刃2を刃取付孔12に圧入させると、該刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される。」との記載があり(公報3欄17~22行)、右記載は、刃2が柄1の先端側の支持部10内に強固に保持されるとの作用は、刃取付孔12の断面形状をあらかじめ刃2の断面の面両端部を保持する形状に形成しておき、これに刃2を圧入することによって得られるとの趣旨であると解する外はない。

そして、本件考案の〔実施例〕の項には、柄1の支持部10の「小径段部10a内には、これと同軸に刃取付孔12が形成されているが、その断面形状は、刃2の断面形状、特に、刃2の断面両端部が保持される形状に成型される。例えば、刃2が平刃の場合では、第8図の如く、刃取付孔12の内その両端部は該平刃の形状に一致させている。このように、刃取付孔12は刃2の断面形状に合わせて数種類成型されるが、彫刻刀Tの柄1は合成樹脂製としているので、これら異なった刃取付孔12が形成されている彫刻刀T、Tは同時に射出成型することができる。」との記載があり、第8図(刃取付孔12の説明図)には、柄の先端側の小径段部10a(支持部10)内に刃取付孔12が形成され、この刃取付孔12の断面形状は、中央部が略楕円形をした柄の小径段部10aと同軸の略楕円形で、略楕円形の長軸方向の両側から左右に長方形が突き出て延びたような形状になっているのが示されており、これ以外の実施例は記載されていない。右実施例についての記載及び図によれば、あらかじめ柄1の先端側の支持部10の小径段部10a内に刃取付孔12をその断面形状が刃2の断面両端部を保持する形状(略楕円形の長軸方向両側から左右に長方形が突き出て延びたような形状)に成型しておくことが明確に示されており、前記本件考案の作用に関する記載とよく整合するものというべきである。

また、「該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」にいう「圧入」とは、「強い圧力で押し込むこと」を意味し(広辞苑第四版)、本件明細書上これと異なる意味に用いる旨の記載はないから、「該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」とは、刃2の基端部を前記のとおり断面形状が刃2の断面両端部を保持する形状に成型された刃取付孔12に強い圧力で押し込むことを意味するものと解すべきである。

2  以上によれば、本件考案の構成要件Dにいう「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」とは、刃取付孔12の断面形状をあらかじめ刃2の断面両端部を保持する形状すなわち刃2の断面両端部とほぼ一致する形状に形成しておき、これに刃2の基端部を強い圧力で押し込むことを意味するというべきである(なお、刃2の基端部を刃取付孔12に強い圧力で押し込むものである以上、刃取付孔12における刃2の断面両端部を保持する形状の部分は、刃2の基端部よりわずかに小さいものと考えられるが、刃2の基端部を強い圧力で押し込まれることにより柄を構成する合成樹脂が弾性変形し、その内壁が刃2の基端部によって削り取られることはほとんどないものと考えられる)。

原告は、この点につき、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持するような形状に形成した上で刃2の基端部を刃取付孔12に圧入するという製造方法(工程)をとることを要せず、刃2を取り付けた状態で、刃取付孔12の断面形状が刃2の断面両端部を保持する形状になっており、かつ、刃2の基端部が刃取付孔12に圧入された状態にあれば足りると主張するが、以下のとおり採用することができない。

(一) 原告は、まず、実用新案法による保護の対象となるのはあくまでも物品の形状、構造に関する技術的創作(考案)であり、右創作対象の物品の製造方法(工程)は、実用新案法による保護の対象とはならず、考案の必須構成要件となる事項ではないのであって、実用新案登録請求の範囲に記載された考案の必須構成要件を充足する限り、考案の詳細な説明中の実施例における方法と異なる方法によって組み立てられたり製造されたりしたものでも、右考案の技術的範囲に属することは当然である旨主張する。

確かに、実用新案法における考案は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案をいうのであって、製造方法は考案の対象とはなりえないから、考案の技術的範囲に属するか否かの判断に当たって製造方法の相違を考慮に入れることは許されないが(最高裁昭和五六年六月三〇日第三小法廷判決・民集三五巻四号八四八頁参照)、本件のように、明らかに物品の形状、構造を特定するために実用新案登録請求の範囲に方法的記載をし、明細書の記載全体をみても出願人(原告)においてこれ以外の方法は全く念頭になかったことが認められる場合には、右方法的記載も考案の必須構成要件として解釈するのが相当というべきである。

(二) 原告は、本件考案の実用新案登録請求の範囲には「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として」と記載されているだけであって、刃2を刃取付孔12に圧入する前提として、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持するような形状に形成しておくこと、すなわち、本件明細書の第8図のように刃取付孔12に刃2の両端が嵌り込むための溝を形成しておくことというような記載はないとか、本件考案の「刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される」との作用は、刃が刃取付孔にその断面両端部が保持されるように圧入されている状態によって生じるものであり、前もって刃の断面両端部を保持する形状に刃取付孔を形成しておく結果ではないと主張するが、前記「本考案の上記技術的手段は次のように作用する。刃取付孔12の断面形状は刃2の断面の面両端部を保持する形状にしてあるから、刃2を刃取付孔12に圧入させると、該刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される。」との〔作用〕の項の記載は、前示のとおり、刃2が柄1の先端側の支持部10内に強固に保持されるとの作用は、刃取付孔12の断面形状をあらかじめ刃2の断面の両端部を保持する形状に形成しておき、これに刃2を圧入することによって得られるとの趣旨であると解する外はない。

例えば、本件考案の出願前公知の乙四考案は、柄の先端部に嵌着される合成樹脂製の指当部の外面に滑り止め用の凹凸を形成したことを特徴とする彫刻刀に係る考案であり、その明細書には、柄の先端の挿入部に形成された刃の嵌合孔は、断面が略楕円形で、これに断面が長方形の刃の差し込み部が圧入されることが示されているが(乙四の1・2)、圧入は前記のとおり強い圧力で押し込むことを意味するから、刃の差し込み部の断面長方形の辺は嵌合孔よりわずかに大きいものと認められ(刃の差し込み部の断面長方形の辺が嵌合孔と同じ大きさであるかこれより小さいとすれば、圧入することにはならないし、当然のことながら刃を差し込んだ後に刃を保持することができず、簡単に抜けてしまう)、刃の差し込み部の断面長方形の四つの角が嵌合孔の内壁をわずかに変形させながら、あるいは嵌合孔の内壁をわずかに削り取りながら強い力で押し込まれるものと考えられるところ、この乙四考案の場合と比較すれば、刃を捩る方向に力が作用した場合、刃取付孔の断面形状をあらかじめ刃の断面両端部を保持する形状すなわち刃の断面両端部とほぼ一致する形状に形成しておく本件考案の場合の方がはるかに抵抗力があり、刃が強固に保持されることが明らかである。

(三) また、原告は、実用新案登録請求の範囲の「該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」との記載は、「刃の平板状の基端部が刃取付孔に圧入状態にあること」という物品の形状、構造又はその組合せについての記述であり、物品の製造方法に関する記載ではないとか、仮に物品の製造方法的記載であるとしても、それは、その方法を実施した結果得られる特定の形態すなわち刃が刃取付孔に圧入状態にあるとの物品の形態を方法の表現を借りて間接的に表現したものにすぎないと主張するが、前記〔作用〕の項の記載に照らし到底採用することができない。

この点について、原告は、合成樹脂製の柄の刃取付孔に合成樹脂よりも極端に堅い刃を「圧入した」場合には、刃取付孔の形状の如何にかかわらず、当然ながら刃の断面の両端部が刃取付孔の周壁に食い込み、刃が刃取付孔に圧入状態となると主張するが、これは、まさに前記乙四考案の明細書に示された、断面略楕円形の嵌合孔にこれよりわずかに大きい断面長方形の刃の差し込み部を圧入した状態であり、本件明細書の記載からは本件考案がこのような刃の取付状態を想定していたものとは到底考えられない(被告文溪堂が平成六年四月一一日にした本件考案に係る実用新案登録の無効審判請求〔特許庁平成六年審判第六五〇二号。乙一〕についてこれを成り立たないとした平成七年五月二三日付審決〔乙一七〕も、被告文溪堂が本件考案の進歩性欠如の根拠として挙げた乙第四号証の1・2〔審判事件における甲第四号証〕に関し、実用新案登録請求の範囲における「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として」は乙四考案における嵌合孔2aと刃部の差し込み部4aとで形成される状態を含まないものと解している。すなわち、右審決は、実用新案登録請求の範囲における「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状」を「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部のみを保持する形状」に訂正することを求める原告の訂正請求の当否を判断する前提として、「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状」とは、刃取付孔の断面形状が第8図の如くその両端部において刃の形状と一致していることをいうものと解することができ、この点の実用新案登録請求の範囲の記載が誤記であるとかとりたてて不明瞭であるとはいえないとした上で、訂正後の「刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部のみを保持する形状」という記載では、刃取付孔の断面形状が第8図の如くその両端部において刃の形状と一致している場合に限らず、例えば、刃が平刃であって刃取付孔の断面形状が全体的に略円形であるような場合に生ずる主に刃の断面の両端面において保持される形状(甲第四号証の嵌合孔2aと刃部の差し込み部4aとで形成される状態)をも包含されると解される余地が生ずることになるので、前記「のみ」の付加が一義的に実用新案登録請求の範囲の減縮に当たるものとはいえない、として右訂正の請求は採用できない〔審決書3頁~5頁〕とするとともに、刃取付孔の断面形状を刃の断面両端部を保持する形状とする点も甲第四号証に記載がなく、その点でも相違する〔審決書8頁〕としている)。

3  右のように本件考案の構成要件Dにいう「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入する」とは、刃取付孔12の断面形状をあらかじめ刃2の断面両端部を保持する形状すなわち刃2の断面両端部とほぼ一致する形状に形成しておき、これに刃2の基端部を強い圧力で押し込むことを意味すると解すべきであることは、以下のとおり本件考案の出願前公知の前掲乙四考案との関係からも裏付けられるところである。

(一) 乙四考案に係る明細書(乙四の2)に実施例として開示された彫刻刀の構成を本件考案の構成要件と対応させて分説すると、

a 柄1の先端に刃部4を取り付けてなる彫刻刀において、

b 彫刻刀の柄1を木製とし、

c その先端側の挿入部2にこれと同軸に嵌合孔2aを形成し、

d この嵌合孔2aの断面形状を略楕円形として該刃部4の差し込み部4aを前記嵌合孔2aに圧入するとともに、

e 柄1の先端部から前記挿入部2の全域に至る外表面には、合成樹脂製の滑り止め用の指当部3を被覆させ、

f この指当部3の表面の前記挿入部2と一致する部分に複数の凹凸6が形成されてなる

g 彫刻刀。

ということになる。

(二) 右によれば、乙四考案の実施例の構成a、c、e、f、gは、それぞれ本件考案の構成要件A、C、E、F、Gと同一であることが認められ、また、乙四考案の実施例の構成bが彫刻刀の柄を木製とするものであるのに対し本件考案の構成要件Bがこれを合成樹脂製とするものである点については、彫刻刀の柄を合成樹脂製にすることは本件考案の出願前に公知の技術であったと認められるから(乙六・昭和六一年一月二〇日出願公開の「樹脂の握り柄と刃物の柄を一体成形した彫刻刀」に係る考案の公開実用新案公報及びその全文明細書)、乙四考案において、本件考案の構成要件Bのように柄を合成樹脂製とすること自体はきわめて容易に考案できたものと認められる。

そうすると、仮に原告の主張するとおり、本件考案の構成要件Dにつき、あらかじめ刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持するような形状に形成した上で、刃2の基端部を刃取付孔12に圧入するという製造方法(工程)をとることを要せず、刃2を刃取付孔12に取り付けた状態で、刃取付孔12の断面形状が刃2の断面両端部を保持する形状になっており、かつ、刃2の基端部が刃取付孔12に圧入された状態にあれば足りるとすれば、乙四考案の実施例の構成d「この嵌合孔2aの断面形状を略楕円形として、該刃部4の差し込み部4aを前記嵌合孔2aに圧入するとともに」は本件考案の構成要件Dを充足することになるから、本件考案は、出願前公知の考案である乙四考案及び前記乙第六号証記載の考案に基づいてきわめて容易に考案できたものと認められ、本件考案に係る実用新案登録は実用新案法三七条一項一号、三条二項所定の無効事由があることになる(前記無効審判請求における審決も、本件考案の構成要件Dが原告主張のような意味であることを前提としていれば、本件考案に係る実用新案登録を無効としていたものと推測される)。

二  右一のとおり、本件考案の構成要件D「この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに」とは、刃取付孔12の断面形状をあらかじめ刃2の断面両端部を保持する形状すなわち刃2の断面両端部とほぼ一致する形状に形成しておき、これに刃2の基端部を強い圧力で押し込むことを意味するところ、証拠(検甲二の1~5、三の1~5、四の1~6、五の1~5)及び弁論の全趣旨によれば、被告物件のこれに対応する構成dは、「この刃取付孔12の全体断面形状を略円形ないし刃2よりも厚みのある略長方形として、刃取付孔12に対してその直径ないし長辺よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着する」というものであることが認められ、被告物件の構成を本件考案の構成要件に対応させて分説すると、

a  柄1の先端に刃2を取付けてなる彫刻刀において、

b  彫刻刀Tの柄1本体を合成樹脂製とし、

c  その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、

d  この刃取付孔12の全体断面形状を略円形ないし刃2よりも厚みのある略長方形として、刃取付孔12に対してその直径ないし長辺よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着するとともに、

e  柄1本体の外周には、柄1本体の一部を外面に露出させた露出部15を残して全域に弾性樹脂からなる外皮3を被覆させ、

f  外皮3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されてなる

g  彫刻刀。

ということになるから、被告物件は、いずれも本件考案の構成要件Dを具備しないというべきである(被告物件の構成dは、前記乙四考案の構成dの延長上にあり、その域を出ないものというべきである)。

第五  結論

以上のとおり、被告物件はいずれも本件考案の構成要件Dを欠如し、その技術的範囲に属しないものであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官本吉弘行は転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 水野武)

イ号物件目録(一)

一 イ号物件の構成

イ号物件は彫刻刀であり、刃2の形によってイ号図面の図1に示すように「中丸刀(ちゆうまるとう)、三角刀(さんかくとう)、平刀(ひらとう)、小丸刀(こまるとう)、切出刀(きりだしとう)」の五種類があるが、いずれも次のとおりの構成である。

1 彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、

2 この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面の両端部を保持する形状として、該刃2の平板状の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、

3 柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキヤツプ3を被覆させ、

4 このキヤツプ3の表面の前記支持部と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されている。

二 図面の説明

イ号図面の図2ないし図4は平刀の詳細図であり、図2は前記平刀の平面図、図3はX-X断面図、図4はY-Y断面図である。

イ号物件目録(二)

一 イ号物件の構成

イ号物件は彫刻刀であり、刃2の形によってイ号図面の図1に示すように「中丸刀(ちゆうまるとう)、三角刀(さんかくとう)、平刀(ひらとう)、小丸刀(こまるとう)、切出刀(きりだしとう)」の五種類があるが、いずれも次のとおりの構成である。

a 彫刻刀Tの柄1本体を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に略円形の断面を有する刃取付孔12を形成し、

b この刃取付孔12に対して刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着し、

c 柄1本体の外周全域には弾性樹脂からなる外皮3を形成するとともに、外皮3を成形する際に柄1本体を支えるため柄1本体の一部に外面に露出させた露出部15を形成し、

d 外皮3の前方寄りには複数の凸部11を形成したものである。

二 図面の説明

図2ないし図4は平刀の詳細図であり、図3はX-X断面図、図4はY-Y断面図である。

イ号図面

〈省略〉

ロ号物件目録(一)

一 ロ号物件の構成

ロ号物件は彫刻刀であり、刃2の形によってロ号図面の図1に示すように「中丸刀(ちゆうまるとう)、三角刀(さんかくとう)、平刀(ひらとう)、小丸刀(こまるとう)、切出刀(きりだしとう)、大丸刀(おおまるとう)」の六種類があるが、いずれも次のとおりの構成である。

1 彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、

2 この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面の両端部を保持する形状として、該刃2の平板状の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、

3 柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキヤツプ3を被覆させ、

4 このキヤツプ3の表面の前記支持部と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されている。

二 図面の説明

ロ号図面の図2ないし図4は平刀の詳細図であり、図2は前記平刀の平面図、図3はX-X断面図、図4はY-Y断面図である。

ロ号物件目録(二)

一 ロ号物件の構成

ロ号物件は彫刻刀であり、刃2の形によってロ号図面の図1に示すように「中丸刀(ちゆうまるとう)、三角刀(さんかくとう)、平刀(ひらとう)、小丸刀(こまるとう)、切出刀(きりだしとう)、大丸刀(おおまるとう)」の六種類があるが、いずれも次のとおりの構成である。

a 彫刻刀Tの柄1本体を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に略円形の断面を有する刃取付孔12を形成し、

b この刃取付孔12に対して刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着し、

c 柄1本体の外周全域には弾性樹脂からなる外皮3を形成するとともに、外皮3を成形する際に柄1本体を支えるため柄1本体の一部に外面に露出させた露出部15を形成し、

d 外皮3の前方寄りには複数の凸部11を形成したものである。

二 図面の説明

図2ないし図4は平刀の詳細図であり、図3はX-X断面図、図4はY-Y断面図である。

ロ号図面

〈省略〉

ハ号物件目録(一)

一 ハ号物件の構成

ハ号物件は彫刻刀であり、刃2の形によってハ号図面の図1に示すように「中丸刀(ちゆうまるとう)、三角刀(さんかくとう)、平刀(ひらとう)、小丸刀(こまるとう)、切出刀(きりだしとう)」の五種類があるが、いずれも次のとおりの構成である。

1 彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、

2 この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面の両端部を保持する形状として、該刃2の平板状の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、

3 柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキヤツプ3を被覆させ、

4 このキヤツプ3の表面の前記支持部と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されている。

二 図面の説明

ハ号図面の図2ないし図4は平刀の詳細図であり、図2は前記平刀の平面図、図3はX-X断面図、図4はY-Y断面図である。

ハ号物件目録(二)

一 ハ号物件の構成

ハ号物件は彫刻刀であり、刃2の形によってハ号図面の図1に示すように「中丸刀(ちゆうまるとう)、三角刀(さんかくとう)、平刀(ひらとう)、小丸刀(こまるとう)、切出刀(きりだしとう)」の五種類があるが、いずれも次のとおりの構成である。

a 彫刻刀Tの柄1本体を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に略円形の断面を有する刃取付孔12を形成し、

b この刃取付孔12に対して刃取付孔12の直径よりも幅広の刃2をあてがって刃取付孔12の内壁を削り取りながら装着し、

c 柄1本体の外周全域には弾性樹脂からなる外皮3を形成するとともに、外皮3を成形する際に柄1本体を支えるため柄1本体の一部に外面に露出させた露出部15を形成し、

d 外皮3の前方寄りには複数の凸部11を形成したものである。

二 図面の説明

図2ないし図4は平刀の詳細図であり、図3はX-X断面図、図4はY-Y断面図である。

ハ号図面

〈省略〉

〈19〉日本国特許庁(JP) 〈11〉実用新案出願公告

〈12〉実用新案公報(Y2) 平5-14879

〈51〉Int.Cl.5B 44 B 11/02 識別記号 庁内整理番号 9134-3K 〈24〉〈44〉公告 平成5年(1993)4月20日

請求項の数 1

〈54〉考案の名称 彫刻刀

〈21〉実願 昭63-78986 〈65〉公開 平2-2195

〈22〉出願 昭63(1988)6月15日 〈43〉平2(1990)1月9日

〈72〉考案者 森田肇 大阪府門真市新橋町23番1号 株式会社博文社内

〈71〉出願人 株式会社博文社 大阪府門真市新橋町23番1号

〈74〉代理人 弁理士 坂上好博

審査官 深井弘光

〈56〉参考文献 実開 昭55-90499(JP、U) 実開 昭50-34898(JP、U)

実公 昭47-13519(JP、Y1) 実公 昭25-8853(JP、Y1)

実公 昭59-12237(JP、Y2)

〈57〉実用新案登録請求の範囲

柄1の先端に刃2を取付けてなる彫刻刀において、彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材科製の滑り止め用のキヤツプ3を被覆させ、このキヤツプ3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11、11が形成されてなる彫刻刀。

考案の詳細な説明

[利用分野及び考案の概要]

本考案は、彫刻刀セツト、特に、彫刻刀の柄に滑り止め手段を設けることにより、使用中に手が彫刻刀の柄から刃の方に滑つて手を傷付ける危険を防止するとともに、柄を軽く握るだけで十分な加工力を作用させられるようにして彫刻刀を使い易くするものである。

[従来技術及びその問題点]

従来の彫刻刀は、柄は木製の略丸棒であり、その先端部から刃を突設させたものが一般的である。このような彫刻刀を使用するには、一般に、前記柄における刃突設部近傍を、親指、食指及び中指の3本で支持しながら刃を被彫刻体に斜めに当てがい、該刃を被彫刻体に食い込ませながら刃の前方域に移動させる。それによつて被彫刻体は彫刻される。

しかしながら、該彫刻刀は指から滑り易く、特に、不容易に被彫刻体の硬い部分に刃がぶつかつた時等は、刃が被彫刻体に食い込んでいないにもかかわらず、各指には、そのまま刃を前方へ進めるべく、刃の方へ力が加えられるので、指のみが柄から滑つてしまい、柄の先端に突出している刃に指を接触させて指を傷付けてしまう危険性がある。

これは、従来の彫刻刀の柄は上記したように直接手で強く握つて使用されるため、その外表面は刺が刺さつたりする危険のないように滑らかに形成されているからである。

よつて、手が柄から滑らないようにするために、柄を強く握る必要があり、この柄を握る力に加えて、刃を被彫刻体に食い込ませながら移動させる力が必要であるため、特に、長時間に亙る彫刻刀の使用に際しては手や指が疲労し易い。

[技術的課題]

本考案は、このような『柄1の先端に刃2を取付けてなる彫刻刀』において、柄1を必要以上の強い握力で支持しなくても、使用中に手が彫刻刀の柄1から先端の刃2の方へ滑る危険のないように、彫刻刀の柄を手から滑りにくくすることをその課題とする。

[技術的手段]

上記課題を解決するために講じた本考案の技術的手段は『彫刻刀Tの柄1を合成樹脂製とし、その先端側の支持部10にこれと同軸に刃取付孔12を形成し、この刃取付孔12の断面形状を刃2の断面両端部を保持する形状として、該刃2の基端部を前記刃取付孔12に圧入するとともに、柄の先端部から前記支持部10の全域に至る外表面には、弾性材料製の滑り止め用のキヤツプ3を被覆させ、このキヤツプ3の表面の前記支持部10と一致する部分に複数の凸部11、11を形成した』ことである。

[作用]

本考案の上記技術的手段は次のように作用する。

刃取付孔12の断面形状は刃2の断面の面両端部を保持する形状にしてあるから、刃2を刃取付孔12に圧入させると、該刃2は柄1の先端側の支持部10内に強固に保持される。

そして、この支持部10の外表面には複数の凸部11、11を具備するキヤツプ3が被覆されているから、支持部10を保持する指からの作用力は前記支持部10を介して刃2に直接作用することとなる。

すなわち、彫刻刀Tは、親指、食指及び中指の3本の指で柄1の支持部10を支持せしめられるとともに、該彫刻刀Tの下端部に突設されている刃2を被彫刻体に斜めに食い込ませながら前進させて使用されるため、使用中においては常に、彫刻刀Tの支持部10には、各指の垂直な押圧力と共にその下端部方向への力が作用している。

この時、各指は、柄1の支持部10に相当する部分に被覆させた弾性材料製の滑り止め用のキヤツプ3の凸部11、11に当接し引つ掛かるので、前記した、彫刻刀Tの下端部方向への力を強くしても、滑りにくい。

また、このキヤツプ3の構成素材が弾性材料製であるから、この素材の特性によつても滑りにくくなると共に、前記作用力の反作用が緩和される。

[効果]

本考案は上記構成であるから次の特有の効果を有する。

各指の力の内の柄1の下端部方向への成分が大きくなつても、各指は支持部10に被覆させたキヤツプ3の凸部11、11に当接するから、不用意に指がそれより下方(柄の先端側)へ滑つて指を怪我する不都合がない。

又、柄1を指で保持する部分から指が滑りにくいので必要以上の力で柄1を握る必要がなく彫刻刀Tの長時間の使用においても手や指が疲労することがなく使い易いものとなる。

さらにキヤツプ3は可撓性のある弾性材料で構成されているため、キヤツプ3には弾力性があり、握つた感じがソフトであり、上記滑り止め効果を促進させると共に使い勝手の良いものとなる。

[実施例]

以下、本考案の実施例を第1図から第8図に基いて説明する。

本考案の実施例のものは、柄1の支持部10にゴム製の滑り止め用キヤツプ3を嵌合によつて被覆させてなる彫刻刀Tを採用したものであるが、第1図に示すように該支持部10は、該キヤツプ3の肉厚分小径化されて小径段部10aとなつており、この小径段部10aの端部から刃2が突設している。

この小径段部10a内には、これと同軸に刃取付孔12が形成されているが、その断面形状は、刃2の断面形状、特に、刃2の断面両端部が保持される形状に成型される。例えば、刃2が平刃の場合では、第8図の如く、刃取付孔12の内その両端部は該平刃の形状に一致させている。

このように、刃取付孔12は刃2の断面形状に合わせて数種類成型されるが、彫刻刀Tの柄1は合成樹脂製としているので、これら異なつた刃取付孔12が形成されている彫刻刀T、Tは同時に射出成型することができる。

又、キヤツプ3は、前記小径段部10aに略一致する大きさ形状の断面楕円形状で且一端開放のテーパー筒体であり、その外側壁には、第3図に示すような長円形の凸部11、11が、その長径がキヤツプ3の長手方向に対して垂直に、複数個並列するように突設されているとともに、前記キヤツプ3の頂部中央には、第2図の如く、長方形の孔部30が、その長辺が楕円形のキヤツプ3の長径に平行に開口されている。

前記キヤツプ3内に、刃2から柄1を挿入し、前記孔部30に該刃2を挿通させて、柄1の前記小径段部10aに該キヤツプ3を被冠させる。すなわち、この部分が柄1の支持部10となるのである。尚、この小径段部10aの段部の高さはキヤツプ3の肉厚に一致させてあるので、キヤツプ3と柄1とは第3図に示すように、段差なく一体となる。

キヤツプ3の頂部の孔部30から柄1の刃2が突出することとなるが、キヤツプ3は上記したように弾力性のあるゴムで成型されているので、孔部30は刃2の断面形状の差に応じて変形し、刃2の形状の差に関係なく同じキヤツプ3を採用することができる。

従つて、この実施例のものでは、刃2が前記孔部30に挿通させて柄1の支持部10全域にキヤツプ3を嵌合させるだけで、通常の彫刻刀が滑り止め手段を具備する彫刻刀として使用することができる。

又、キヤツプ3は可撓性のある弾性材料で構成されているため、刃2の断面形状に応じて、孔部30の形状は自在に変化可能である。従つて刃2の断面形状に応じたキヤツプ3をそれぞれ形成する必要がなく、どんな形状の刃2にでも使用可能であるため、経済的である。

こうして、柄1の支持部10にキヤツプ3を取付けてなる彫刻刀Tを複数本、収納ケース4に収納して彫刻等セツトを構成するが、次にこの収納ケース4について説明する。

本考案実施例の彫刻刀収納ケース4は、5本の彫刻刀Tを収納可能とするもので、第4図の如く、略矩形状の中空の箱体であり、その長手方向の一端には、上面開放の蓋体40が、下方へのみ90度回動するように本体41に取り付けられている。

該本体41は、前記蓋体40が取り付けられており且彫刻刀Tの取り出し口となる口枠43、彫刻刀Tの刃2のみが収容される刃収容部44、及びこの中間に位置する胴部42とからなり、該胴部42の上下両内面からは、第5図に示すように、本体41の長手方向に平行な4枚の第一仕切板45、45が、等間隔に内部方向に向かつて突出形成されているとともに、さらに、前記刃収容部44との間には、前記第一仕切板45、45よりもやや低めの第二仕切板46、46が同様に形成されている。

言い換えれば、胴部42の内部は、前記4本の第一仕切板45、45によつて5つの空間部に仕切られているとともに、さらに、胴部42と刃収容部44との間も前記第二仕切板46によつて所定の間隙を残して仕切られていることとなる。

尚、収納ケース4の前記第二仕切板46から蓋体40の頂部までの距離は彫刻刀Tの柄1の長さに略一致させており、刃収容部44は彫刻刀Tの刃2の長さよりやや長めに設定されている。

すなわち、上記したような収納ケース4に、彫刻刀Tを収納すると、第4図に示すように、前記第二仕切板46から蓋体40の頂部までの間に彫刻刀Tの柄1がほぼきつちり納るとともに、該第二仕切板46、46間の間隙部から刃収容部44の内部へ彫刻刀Tの刃2のみが突出し、該刃2の先端部と刃収容部44の端部との間には少しの空隙が有する状態で位置することとなる。

こうして収納ケース4内に収納された彫刻刀Tは、前記第二仕切板46と蓋体40間に柄1が長手方向に挟持されているから、縦方向に移動することがなく、さらに、胴部42の内部は第一仕切板45、45で仕切られているから、彫刻刀Tは横方向にも移動することがない。

つまり、彫刻刀Tは、収納ケース4内に略固定された状態で収納されるので、携帯の際にがたつくことなく、又、刃2の先端部は刃収容部44の端部に接触することはないので、刃2の先端部も刃収容部44の内面も、相互に破損し合うといつた不都合がない。

そして、収納ケース4内に収納されている彫刻刀Tを取り出すには、蓋体40を第6図の如く、下方域へ回動させる。該蓋体40の上面は開放しているので、回動の際に、彫刻刀Tの柄1の端部が引つ掛かつて蓋体40が回動しにくいというような不都合もない。

さらに、使用中においては、第6図のように下方へ90度回動させた状態のまま、蓋体40の頂部と刃収容部44の下方端部とで支えるようにして、収納ケース4を机上に斜めに設置しておくと、彫刻刀Tの取り出し収納がやり易く、作業の能率も上る。

又、本考案実施例では、口枠43の開放端部は、全面開放とせずに、第7図のような、前記第一仕切板45、45間の空間部に対向する位置に形成され且彫刻刀Tの柄1の断面形状よりもやや大きめの窓47、47が開放するようにしてある。これにより、該窓47、47に彫刻刀Tを挿入させるだけで、彫刻刀Tの収納ケース4内での収納場所が自動的に設定されることとなるので、彫刻刀Tは収納ケース4内に収納し易いものとなる。

図面の簡単な説明

第1図は本考案実施例の彫刻刀Tの断面図、第2図はキヤツプ3の説明図、第3図はキヤツプ3の取り付け状態の説明図、第4図は収納ケース4の説明図、第5図は彫刻刀Tを省略したX-x断面図、第6図は蓋体40の開放状態の説明図、第7図は口枠43の開放端部の説明図、第8図は刃取付孔12の説明図であり、図中、

1……柄、10……支持部、11……凸部、12……刃取付孔、2……刃、3……キヤツプ、30……孔部、4……収納ケース、T……彫刻刀。

第1図

〈省略〉

1…柄 10…支持部

11…凸部 12…刃取付孔

2…刃 3…キャップ

30…孔部 4…収納ケース

T…彫刻刀

第2図

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第3図

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第4図

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第5図

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第6図

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第7図

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第8図

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実用新案公報

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